熊本名物「太平燕」のツール

九州土着の中国料理

「太平燕」は歴史的に見ると90年から100年ほど以前に九州に福建華僑がわたってきたときに創作を加えて作られたモノであるということは間違いがないと思います。
その当時の状況を推測するとなにかしらの事情で故国をあとにし、長崎に上陸した華僑たちはとりあえず手近なところで職をみつけ生活を始めました。
彼らは同郷意識が非常に強く、特に長崎は現在でも「福建寺」のようなものが残っていたり華僑たちのつながりが現在でも非常に強い感があります。
おそらく何かのお祝い事などがあれば集まって「太平燕」を作っていたのでしょう。「ハレの食」としての太平燕が最初の姿だったのです。 その他太平燕からの発展形とも推測できる「ちゃんぽん」(喫飯=チーファンの福建なまりからそう呼ばれるようになったという説もある) 「焼きビーフン」。「パリパリ焼きそば」「蝦吐司」=ハトシ(蝦のトースト揚げ) 「東菠肉」、「皿うどん」、なども発生していきました。

温暖な海洋性気候の中で育まれたおだやかな、しかし深みのある料理たちです。それは「何々料理」とか「なんとか派」であると大上段にふりかぶったスタイルとは違う母の味、また民衆の味であったと思います。それはそのまま九州の人々に諸手を上げて受け入れられていったのでしょう。



 

 

太平燕かくあるべし

太平燕を守ってきたお店として「かくあるべし」、たるものがあります。


よく市中で出回っている春雨はデンプンが 混入されています。最近売り出されているインスタントやレトルトものはほとんどそう。
混入されていると引きが良くなり滑らかになるのですが 本来の春雨とは別モノ。味の深みがなくなり何よりもカロリーが高くなってしまいます。  
食べ慣れていけばぶちっと切れていく緑豆の素朴な味深さが分かるようになるでしょう。
これは必ず太平燕には入っていなければいけない。あっさりしたスープには絶妙な絡みを見せる。
この卵のために  太平燕はある、というの言い過ぎか。子供たちは幼いころからこのフーヒータンめぐり攻防を繰り広げるのだ。

高温で炒める、やや煮込む、凝縮させていく。そのベースは「湯」です。あっさりとした中にこくと深みを出すためには豚骨と鶏ガラ両方のバランスが大事です

当亭は世界でも数少ない露天干しの福建天然塩。発祥の地の精が込められています。
紅蘭亭の太平燕は一杯一杯全て調理師が味をチェックし微調整しています。スープの状態、野菜の持つ甘みも季節によって少しずつ毎回毎回違います。作り手の「おいしく作ろう」がひとつひとつにきちんと反映される料理です。